制帽と鉄兜

ブラックコメディが効いてる!『ミケランジェロの暗号』から見るナチス親衛隊と制服

制服のほかに「帽子」も規定されています。そして帽子ではありませんがドイツ軍の象徴ともいえる鉄兜のシュタールヘルムもあります。鉄兜のシュタールヘルムは陸軍とSS親衛隊は同じタイプのものを使用していますが、違いはシュタールヘルムに貼り付けるデカール(シール)が違っていました。陸軍のシュタールヘルムには3つの型がり35年型・40年型・42年型の3種類になっています。SS特務部隊に支給されたのは、1936年から35年型が支給されるようになっています。

鉄兜:シュタールヘルム

陸軍のシュタールヘルムが1936年から支給されていますが、それ以前のSSが被るスタールヘルムは、第一次世界大戦時代のものであったり、SS国家主計局で作ったシュタールヘルムがしようさせていました。

1935年型のシュタールヘルムは、空気穴がヘルメット本体と別パーツになっていますが、40年型以降のシュタールヘルムは一体化されてプレス加工になっています。そして材質も変更されていて、モリブデン鋼からマンガン・シリコン鋼に変更されています。ついで1942年7月6日には、更なる工程の簡素化が行われているため、これまではヘルメットの縁が中に折り曲げられていたものが、縁を少しだけ外側にそらすだけになっている1942年型が生まれるようになりました。

SSのシュタールヘルムには、はじめは右側にSSルーン文字のデカールが貼られ、左にハーケンクロイツのナチ党旗のデカールが貼られていましたが、迷彩効果を考えるとこのデカールは問題ともいえるもので、1940年3月には左のハーケンクロイツのナチ党旗のデカールは外すようにとの命令が下されたこともあり、1940年3月以降から急速に見られなくなりました。その後は、右側にSSルーン文字のデカールだけを付けています。1943年11月にはSSルーン文字のデカールも外すようにとの命令が出ていますが、SSルーン文字のデカールは外されることはあまりなかったため、敗戦時にもごく一般的に見られました。外国人部隊のシュタールヘルムには、左側にSSのデカールを貼る例も見られています。

一般制帽

1932年7月7日に黒服が制定される時に同じく黒い制帽が制定されています。黒い一般制帽が制定される前のケピ帽に代わる帽子になります。髑髏などのSS専用の徽章類を除けば、陸軍制帽とほとんど同じ形状になっています。最初の一般制帽は黒でしたが、制服の色に併せてアースグレーやフィールドグレーの制帽が作られていきました。

将校はアルミモールのあご紐を使用していて、兵士・下士官は革のあご紐を使用していました。制帽の縁取りの色は、大佐以下の階級の者は白で、准将以上の階級の者は銀を使用していました。1940年5月には、縁取りの色を兵科色にするようにという命令が出されていますが、半年後の12月には再び白・銀に戻すようにという再命令が下されています。ところが再命令に従わなかった者が多かったため、兵科色の縁取りがなされた一般制帽が、再命令が出された後も広く使用され続けたといいます。

ケピ帽

ナチスの最初の準軍事組織のSAと同じ型の制服を着用していた頃に使用された帽子は、SAの使用したケピ帽と同じです。ただしSAは褐色でしたが、SSのケピ帽の物は黒くなっていて、髑髏の徽章を付けるのが特徴的になっていました。ケピ帽は1932年に制定された黒の一般制帽が制定されたことでケピ帽ではなくなりました。

クレッツヒェン

この帽子は帝政ドイツ軍で使用されていたバイザーのない制帽のような帽子がクレッツヒェンです。SSが使用したいたクレッツヒェンは色が黒なっていて、正面には髑髏の帽章と鷲章が付けられていました。

クレッツヒェンが使われた時期は、SSが誕生したばかりの1925年頃からSSで使用されてきました。そして1933年から1934年にかけては、特務部隊で頻繁にクレッツヒェンが使用されていましたが、1935年に黒い略帽が制定されると、クレッツヒェンは使われなくなりました。

クラッシュキャップ

陸軍と同じくSSでも制帽の代わりとしてクラッシュキャップが使用されていました。クラッシュキャップという呼び名は、コレクターたちに呼ばれてる呼び方でクラッシュキャップの正式名称は、野戦帽といいます。

クラッシュキャップは一般制帽と似ていますが、帽子の中に帽子の形状を保つためのワイヤーが入っていないため、クラッシュキップはカッチリしていなくふにゃふにゃとしています。髑髏と鷲章は機械織りの刺繍になっていることが多くなっていましたが、金属製の場合もありました。通常のクラッシュキャップのつばは革製になっていますが、SSでは1938年に「SS下士官用野戦帽」という下士官用クラッシュキャップが制定されていますが、この「SS下士官用」のつばは革ではなく布でした。この影響もあったため、将校でもつばが布の物を使う人たちがいました。

陸軍ではクラッシュキャップは1938年に支給がやめられていますが、武装SSでは1940年前後にクラッシュキャップの支給をやめたと思われます。クラッシュキャップは、ふにゃっとした性質から持ち運びに楽ということもあって、支給がなくなった後でも多くの前線の武装SS将兵はクラッシュキャップをオーダーメイドしてかぶっていました。オーダーメイドするには、予算が・・という人は、自分で支給されている一般般制帽からワイヤーの支えを取り除くことで、クラッシュキャップ風に改造しているケースもみることができます。

略帽

制帽の代わりに使われたのが略帽で、正式名称はクラッシュキャップと同じく野戦帽です。別名で「小舟」とも呼ばれていましたが、それは船のような形だったことから「小舟」とも呼ばれることがありました。

1934年にSSで最初に略帽が制定されました。特務部隊の下士官兵士用にアースグレーの野戦服用に制定されています。翌年の1935年には、制服の黒服にあわせた黒い略帽も登場しています。黒い略帽はクレッツヒェンに代わるものとしての導入となりました。その後は、制服に併せてアースブラウン野戦服やフィールドグレー野戦服用の同じ色の略帽も登場しています。これらの略帽は、折り返し部分の前部をえぐったような陸軍の略帽に似た形状になっています。正面にはトーテンコップのマークが入ったボタンがついておいて、左側面の部分に鷲章が入っていました。1939年末に、SSに兵科色が導入されると、SSも陸軍と同じ様に略帽の前部に山型のパイピングを付けるようになりました。

新型略帽は1940年から導入されています。新型略帽は、空軍の略帽のような流れる形状になっていて、この新型略帽では、鷲章とボタンではないトーテンコップ帽章を正面につけています。

兵科色:武装SSにだけ導入

  • ホワイト・・・歩兵、装甲擲弾兵
  • ピンク・・・装甲、対戦車
  • ブライトレッド・・・砲兵
  • ダークレッド・・・獣医
  • オレンジ・・・憲兵
  • ゴールデンイエロー・・・騎兵
  • ライトグリーン・・・山岳猟兵
  • ダークグリーン・・・予備将校
  • ライトブラウン・・・強制収容所
  • ライトブルー・・・輸送部隊
  • コーンフラワーブルー・・・医療
  • ブラック・・・工兵

規格帽

略帽は陸軍、空軍、SSでそれぞれ規格が異なっていたため、略帽を統一するために1943年6月11日に陸軍で統一規格野戦帽が制定されたました。1943年に制定されたためにM43帽とも呼ばれています。SSでは1943年10月1月にM43帽のこの規格帽が採用されました。規格帽は陸軍の帽子とほぼ同じになっていますが、折り返しを止める前部のボタンが違います。陸軍の規格帽は2個ボタンだけですが、武装SSの規格帽には1個ボタンの物も存在しています。また武装SSの規格帽には鷲章が真横についているものもありました。

迷彩帽

1942年6月1日に制定された迷彩柄のバイザー付きの帽子です。迷彩のこの帽子は、武装SS独自のものになっています。種類も2種類になっていて、夏季迷彩と春季迷彩になっています。迷彩効果が最優先となっているため、この帽子には鷲章やトーテンコップなどは付けないはずでしたが、一時的に徽章を入れるようにとの命令が下された時期もありました。この命令は後に撤回されていますが、撤回された後もトーテンコップや鷲章を付け続ける将兵も多かったといいます。

フェズ帽

中東の伝統帽子のフェズ帽も使われていました。それはムスリムの兵士が多い、第13SS武装山岳師団と第23SS武装山岳師団でのみのフェズ帽の着用が許可されていました。このフェズ帽にも鷲章とトーテンコップが入っていました。兵士下士官はモス・グリーン、そして将校は赤いフェズ帽をかぶっていました。そして礼装用としても赤いフェズ帽は使われていました。。

私の最良の敵 Mein bester Feind

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